自転車業界のロストテクノロジー
鎌倉時代の日本刀って、現代では作れないらしいですよ。
どう考えても鎌倉時代より文明も技術も進んでいるはずの現代なのに、なにせ作り方が分からないそうです。
そうは言っても今の技術で作った方がいい物が作れるんだろ?って思いますけど、そうでもなく、昔の刀の硬さは越えられないらしいです。
すごいですね(小学生並みの感想)。
時代の進歩で技術よりも効率が優先された結果、知識を持つ職人が居なくなってしまい、最終的に継承されることなく消えてしまった技術のことをロストテクノロジーと言います。
ロストテクノロジーってワード、何となくロマン溢れる響きですよね。
実は、自転車業界にも、そのうちロストテクノロジーとなるであろう技術があります。
いや、正確には競輪界では生き残るのでロストはしないハズですが、他の自転車競技の世界では過去にほとんどの職人さんが嗜んでいた技術にも関わらず、多分まもなく滅びる技術です。
それは…。
ホイールのスポーク結線です。
見えますかね?
スポークがクロスしているところにチョビっと何かがあります。
んー、スマホ撮影だとピントが非常に難しい…。
スポークのクロス部分を極細ワイヤーで巻いて、はんだ付けしてあるんです。
なぜこんな事をするかというと、剛性を高めるためであったり、車輪接触時に何本かスポークが飛んでもゴールするためだとか、色々あります。
まあ、ひと言でいえば強度アップですね。
車輪が接触した際に落車に繋がりやすいのは前輪なので、前輪を結線している選手がとても多いですよ。
後輪を結線する人は非常に少ないです。
クロモリ自転車の特性なのでしょうか?
後輪をくくるとなんか脚が貯まらないんですよね。
これ、競輪選手の共通認識だと思います(結構マジ)。
さて、なぜこの技術がロストテクノロジーとなりつつあるかと言うと…。
基本的に、自転車競技において高剛性目的の金属スポークホイールが絶滅しているからです。
自転車に詳しくない方はピンとこない表現でしょうね(笑)。
現在、ロードレースやトラック競技のホイールの素材は基本的にカーボンが使用されています。
参考画像にぼくのロードレーサーを見てください。
黒いところが大きいですが、タイヤが太い訳じゃないですよ。
カーボン素材のリム(輪っかの部分)を、金属のスポークで引っ張ってできています。
僕のはそんなに高級じゃないホイールなのでスポークが金属製ですが、現代の自転車はスポークもカーボンのものが増えています。
カーボンホイールはスポークがクロスする部分がないんですよね。
金属リムはそれなりに柔らかく、スポークで均等に引っ張ることで真円を作るのですが、カーボンリムの場合はカチカチなのでリムだけで真円を作ることができます。
だから、スポークの本数が少なくて済むんですよ。
カーボンリムが主流の現代では、このような組み方が一般的です。
クロスするところがないと、結線できるところがないですね(笑)。
語りましたが、自転車に詳しくないと全体的にピンとこないと思います(笑)。
なんせ、昔と今では全然違うんだよ〜って事です。
話がだいぶ戻りますが、なぜ金属ホイールが絶滅しているかというと、とにかくカーボンが軽くて硬いから。
軽さが命の機材スポーツである自転車競技では、基本的にはカーボン素材が圧倒的に有利です。
金属製が淘汰されるのは当然の流れですね。
その点、競輪はいまだに鉄のフレームに金属ホイールでレースを走ります。
カーボンフレームが採用されない理由は、ルールがそうだから…というと元も子もないのですが、クロモリフレームはサイズのオーダーメイドが容易な事や、落車が付き物の競輪競走において、機材コストが高くなりすぎるとプロスポーツとして成り立たない…、という色々があります。
ホイールに関しても、例えばスポークが1本だけ切れた! という場合でも、その1本を差し替えれば普通に使えます。
カーボンだと、事故でスポークが1本飛んだら高確率でリムが割れたり歪んじゃいますから。
ひと言でいうと、古い時代の自転車の方が交換や修理が簡単で、現場的なんです。
また、そもそも競輪の存在意義である地方財政への貢献、自転車産業、機械工業の活性化という面から見ると、大工場で金型を使い生産するカーボンと違い、溶接設備があればどこでも作れる素朴な鉄フレームを、個人の工房の職人さんが手作業で制作するという事に意味があるのかもしれませんね。
競輪以外では、シクロクロスやマウンテンバイク、BMX等はいまだに金属スポークのホイールが重宝されています。
この辺の競技は硬さがすべてではなく、金属スポークのしなやかさが活きてくる点や、コストが安上がりなこと、先述した整備性の良さ等、カーボンよりも金属の方がいい部分というものも無論たくさん存在するのです。
余談が長すぎますね…ホイールの素材の話は一旦置いといて、結線の話に戻します。
なにせ、現代のロードレースやトラック競技において、硬さを求める場合はカーボンを使用するのが基本。
わざわざ金属製ホイールで強度を出そうとするはんだ付け結線なんて技術、もはや誰も使う機会がないのです(笑)。
という事で、町の自転車屋さんはもちろん、ロードレースの競技メカニックでも結線ができる人はほぼ絶滅。
競輪界のベテラン検車員さんや、ごく一部のマメな選手が技術を口頭で伝承しあって保たれているテクノロジーって訳ですね。
実は、僕もそのマメな選手のひとり。
自分で結線をしている選手なんて中々いないのですが、毎回検車員さんにお願いするのも申し訳ないですし。
ベテラン検車員さんに師事(って程でもないが)して、技術を教えていただいたのです。
ってな訳で当ブログのためにホイールを1本結線してみましょう。
これは結線用の工具箱。
左のやつはフラックスという液体。
金属にフラックスを垂らすと、はんだが流れやすくなります。
右のはステンレス線。
結線に使う太さは自由ですが、細すぎると縛る時に切れやすいし、太すぎると取り回しが悪いです。
ぼくは教えてくださった検車員さんが0.3mmを使っておられたので、それに習いました。
ワイヤーを切るニッパー。
ワイヤーをこねくり回すプライヤーとペンチ。
ワイヤーををクルクルと巻いて…。
どれくらい巻くか流派が色々あるようですが、ぼくはおよそ4周ほど巻いてます。
ちなみに、ワイヤーの先端処理にもかなりの流派があります(笑)。
内側に折り込んではんだ付けしてしまうパターン、ねじってはんだ付けしてカットしてしまうパターン、釣りで使うフィンガーノットのような巻き方でガチガチに引っ張るパターン…。
ぼくは全部試してみましたが、強度の差を体感できるほど繊細ではないので…(笑)。
前輪が壊れた時に生き残る確率が少しでも上がればいいやって事で、最近はいちばん楽チンなねじりカット式でやっています。
半田ごてではんだ付け。
作業をはじめてから気付きましたが、流石にはんだ付け作業中は撮影できませんね(笑)。
ブログ向きじゃないなぁ…。
はんだがうまくワイヤーとクロス部分に流れたら、バリを処理して冒頭に出てきたような状態になって完成!
うーんピントも難しいし映えないし。
ブログ向きじゃない写真だなぁ…。
……いかがでしたか?
なんだか最後、急に端折りすぎじゃない? という意見が飛んできている気がしますけどォ!
だって半田ごて持ちながら撮影できないし、スポークを一本一本はんだ付けするだけの地味な作業なんだもん!
臨場感はどうやっても出ないよ! すまんな!
ってな訳で、ホイールの結線のお話でした。
厳密に言うと、パフォーマンス向上目的のレース機材の加工はNGなのですが、結線に関してはあくまで強度アップのためのひと手間です。
接触事故が多い競輪で、多少の自転車故障でもなんとか生き残ってゴールするための必死の措置。
落車数の減少への貢献に繋がるため、ある程度は認められています。
世間で絶対に見かけないような作業ですが、今後何十年経っても、漢字の競輪があり続ける限りは継承される技術でしょう。
万が一にもロストテクノロジーとならないよう、技術の「継承者」としてぼくも誰かに技術を受け継いでいく予定です!
やってみたら簡単なので、教えて欲しい人がいたら言ってね(笑)。
競輪選手、実はこんなマメな作業もしてるんだよ〜って事も知っていただければ幸いです!
ってな訳で、また次回!
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1995年3月30日生まれ。滋賀県出身。 日本競輪選手会 奈良支部所属107期の競輪選手。現在はA級2班。同期には新山響平、山岸佳太、簗田一輝など。 ……以上はすべて仮初めの姿であり、本業は某アイドルのプロデューサーであるともっぱらの噂。 ドール、カメラ、声優など、さまざまな「沼」に足を踏み入れている。