向日町競輪の思い出|DMM競輪

向日町競輪の思い出



先日、女性と写真を撮りましたよ。
 
 
しかも2人と!
 
 
両手に花ですわ〜!
 
 
その女性たちは、ぼくを見る度に満面の笑みでいつも話しかけてきます。
 
 
まあ、きっと僕に気があるんでしょうね。
 
 
しらんけど。
 
 
しかし、そんな彼女たちとの華やかな日々はまもなく終わりを告げようとしています。
 
 
どんな出会いにも必ず別れはある...。
 
 
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありってヤツですね。
 
 
思い出を記録するため、最後に写真を撮ったって訳です。
 
 
仕方ないなぁ、見せてやるよ。
 
 
両手に花の写真をよォ。
 
 



※開催終了後、管理区域外にて許可を得ての撮影
 
 
ま、どーせこんな事だろ、ってな。
 
 
皆様もだいたいオチが読めてたんじゃないですか?
 
 
こちらの素敵なお姉様方は、京都向日町競輪場の洗濯場の職員さんです。
 
 
向日町でのレースの際、いつも
 
「あらー可愛い服(オタクTシャツのこと)の子やん!」
 
と話しかけてくださいます。
 
 
 
 
ぼくが向日町を走る機会が多い事もあり、顔を覚えてくださっていたようで、顔を合わせる度
 
「今日はどんな服着てるんや?」
 
と、Tシャツをじろじろと観測されます。
 
 
 
 
仲良くしてくださった...というと語弊がありますが、うちは意外とアットホームな職場ですから。
 
 
何をした、された訳でも無いのですが、スタッフの方々と和気あいあいと会話を交わすのは嬉しい事ですからね。
 
 
無論、競輪選手としてもお世話になっている立場ですし。
 
 
なんせ、向日町に参加する度にとても良くしていただきました。
 
 
 
 
で、この期に及んで、なぜ洗濯場の方々とわざわざ写真を撮ったのか?
 
 
という話が今回の記事のテーマなのですが...。
 
 
 
 
多分、今後の人生でこのおふたりに会うのがこの時、最後だったんです。
 
 
 
 
…いや、なんかこの書き方は縁起でもない感が出ますねぇ(笑)。
 
 
もちろん、そういう意味ではないですよ。
 
 
 
 
当ブログの読者様はご存知の方も多いと思いますが、今年の9月のGIII平安賞の開催を最後に、京都向日町競輪場はしばらく改修工事に入りました。
 
 
競輪場設備やバンクを綺麗にするのはもちろん、向日町市が地域をあげて、競輪場周辺の敷地を使ってスタジアムや競技場が集まった総合スポーツ公園エリアを作る!
 
 
というなかなか壮大なものだそうですよ。
 
 
ボロい競輪場の代表格であった向日町競輪場。
 
 
お前が抜け駆けしてキレイになってしまったら、うちの奈良競輪場がボロい競輪場ランキングでダントツ1位になっちゃうじゃねーか!
 
 
置いていくなよ〜!
 
 
 
 
…なんて話は置いておいて。
 
 
最近でいうと、客席規模を縮小し、とてもスマートな車券売り場となった武雄競輪場。
 
 
検車場エリアを大胆に改装した別府、大垣、岐阜、豊橋、岸和田競輪場。
 
 
全面改修の挙句、施設内にホテルまで作っている玉野競輪場。
 
 
広島競輪場も改装中です。
 
 
どんな仕上がりになるんだろう?
 
 
などと、競輪の売上が上がっているお陰もあり、各地で改修工事が行われているのです。
 
 
競輪業界の未来が開けた感じがして、とても明るい話題ですよね。
 
 
お客様が車券を買ってくださるお陰ですから、有難い事です。
 
 
 
 
で、話を戻して向日町競輪場。
 
 
聞いている話だと、5年以上の超大規模改修工事となるそうです。
 
 
となると、競輪場で開催時のみ雇われている現場スタッフの皆さん(洗濯や掃除のおばちゃん的立場の方々)は、一旦解散となってしまうんですよね。
 
 
その中でも、どうしても高齢のスタッフの方々は改修が終わってから復帰するのか?というと首を横に振る方が多いんです。
 
 
まあ5年以上先のことですからね、その時にやる気があったら考えるわ〜的な感じでした。
 
 
 
 
洗濯場のおふたりは
 
「美人薄命って言うからな!工事が終わる頃に生きてるかも分からんわ!ガハハ!」
 
と笑っていましたけどね(笑)。
 
 
そういう人ほど長生きするぜ!
 
 
 
 
「かなんわ〜!(敵わんわの関西弁)」
 
 
と笑顔で返しつつも、せっかく仲良くしていただいてたのに、もしこれで最後だったら寂しい話だな、と思い、開催が終わってから冒頭の写真を撮りに行った、という訳です。
 
 



 


 




後日、現像して向日町競輪開催時に送り付けました。
 
 
なかなか粋な計らいだろぉ?
 
 
 
 
おふたりが競輪業界から離れても、
 
「そういえば変なかわいいTシャツ着てる子がおったな」
 
と記憶に残れば心から嬉しい話ですよね。
 
 
 
 
実は、ぼくが人生で初めて競輪学校の合格タイムを出したのは向日町競輪場の愛好会でした。
 
 
アマチュア時代、京都の愛好会の日に大雨のなか輪行バッグを転がして向日町競輪場に練習に行くと、雨の中、近畿のレジェンド村上義弘さん(73期 引退)がタイムを取ってくださって、とてつもなく恐縮した、なんて事がありました。
 
 
選手になってからも、大津びわこ競輪場が廃止となり、ホームバンクのない滋賀県でデビューしたぼくとしては、温情で地元扱いしてくださる心のホームバンクでした。
 
 
奈良に移籍してからは、臨時要員として先頭誘導員を務めたこともあったり、なにかと思い出のあるバンクなんですよね。
 
 
建て直しとはいえ、思い出のある走路が壊されるのは寂しい話です。
 
 
 
 
ボロボロの施設だからこそ感じる哀愁や、浸れる感傷というものもあった気がします。
 
 
もし、哀愁漂う雰囲気のボロ競輪場をお求めの場合には、今後は奈良競輪場へお越しくださいね!(コラコラ)
 
 
 
 
向日町競輪くん、少しの間お別れだ!
 
 
ピカピカになって帰ってくる日を楽しみにしているぜ!
 
 
 
 
ってな訳でまた次回!

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1995年3月30日生まれ。滋賀県出身。 日本競輪選手会 奈良支部所属107期の競輪選手。現在はA級2班。同期には新山響平、山岸佳太、簗田一輝など。 ……以上はすべて仮初めの姿であり、本業は某アイドルのプロデューサーであるともっぱらの噂。 ドール、カメラ、声優など、さまざまな「沼」に足を踏み入れている。

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