クリップバンド外れについて考える〜ビンディングペダルじゃダメなの?〜


どうも皆さん、早いもので2025年最後の記事です。
 
 
普通の競輪選手なら「2025年の振り返り!」とかの記事にするんでしょうけれど、ぼくは普通の競輪選手ではないので。←厨二病的言い回し
 
 
それどころか、何も考えずに前回記事を続き物にしてしまったので、年内の振り返りなんかはクソ喰らえ!ってなもんで、今回はバンド外れについて考える回の後編です。
 
 
前回は競輪用のペダルの仕組みについて書きました。
 
 
で、結局、肝心のバンド外れについては何も考えていません。
 
 
とんでもねータイトル詐欺だ!
 
 
で、今回はちゃんと考えるんかって?
 
 
うーん、まあ色々と語るけれど考えているかと言われると…うーん。
 
 
あっ! やめて! 叩かないで!
 
 
って事で、今回は前回記事を読んでいただいた前提で話を進めるので、見ていない方は先に見てね。
 
 
【クリップバンド外れについて考える〜競輪用ペダルの仕組み編〜】
 

さて、クリップバンド外れについて考える前に、一旦、競輪ペダル以外の自転車競技では、ペダルがどうやって固定されているのかを紹介します。
 



 
これが最もポピュラーな形、いわゆるビンディングペダルというやつです。
 
 
ロードバイクのビンディングペダルは割と有名だと信じていますが、一般の方々はご存知ない方も多いのでしょうか…?
 
 
右のシューズの裏についているのは、競輪シューズでいう桟の部分、クリートです(前編参照)。
 
 
このクリートをペダルに押し付けると、ペダルの後ろの金具部分が開き「バチンッ!」と固定されるのです。
 
 
これはSHIMANOのSPD-SLというシステムですが、他社のビンディングペダルシステムも、上から押し付けるとバチンと固定される点ではほとんど同じです。
 
 
外す際は、横に捻るとバネが開き外れるという、シンプルなシステムなんですよ。
 


 
こう見ると、プレートに溝をはめ込んでベルトで締めるという競輪用ペダルの仕組みがいかにアナログかがよく分かりますね。
 
 
前編記事の最後の方に書いたのですが、競輪でクリップバンド外れが頻発すると
 
 
「競輪もビンディングペダルでいいじゃん」
 
 
という論が少なからず出ます。
 
 
実際、ビンディングは機構もシンプルですし、固定した際の安心感はピカイチです。
 
 
競輪選手は大概ロードバイクを所有していますが、全力でペダリングをしても、ビンディングが外れた事があるという選手はいないのではないでしょうか。
 
 
そもそも、ビンディングペダルというのは競輪で採用されているトウクリップペダルの進化版(昔はロードバイクもトウクリップだった)ですから、基本的には旧型より悪いところなんて見当たらないんですよね。
 
 
重量も軽いですし。
 
 
ただ、今回の論点は発走機から出る際のクリップバンド外れです。
 
 
発走機から飛び出す際って、通常のロードバイク走行では考えられないような高トルクでペダルを踏み、かつハンドルを引いて自転車を振る必要がある急制動です。
 
 
いくら固定安心感が高いビンディングでも、横に捻れば簡単に外れるという構造上、外れてしまうリスクは否めません。
 
 
って事で、現代のトラックレース競技の発走機を用いる種目では、ビンディングペダルにバンドをつけるという運用がなされています。
 


 
※こちら、RUNWELL様が取り扱っておられるVelobike Track Strapsの画像をお借りしました。ありがとうございます。
 
 
先述した通常のビンディングペダルに、金具でバンドを接続している状態です。
 
 
クリートがビンディングのシステムで固定された上で、バンドのお陰で捻りが加わって外れる事がないという、二重ロックです。
 
マジックテープのちょっと頼りないバンドに見えますが、スタート時に踏み込みが横にブレないようにするための補助的なバンドなので、競輪用のガチガチ革ベルトでなくても十分機能するのです。
 
 
ナショナルチームの選手なんかもこのシステムのペダルを運用していますから、製品の破損以外では外れるリスクはほぼゼロに等しいでしょう。
 
 
これは完璧な機構では?
 
 
 
 
さて、色々なペダルのシステムを皆様に知っていただいた所で、本題に移ります。
 
 
ベルトで締め付けるという、あまりにもシンプルすぎるシステムの競輪ペダルが原因で起こるクリップバンド外れ。
 
 
先述した通り、ビンディングなどの安定した機構が存在する中、時代遅れと言わざるをえない、このバンド締めという固定方法を使い続ける意味って何なのでしょうか?
 
 
これはあくまで筆者である田村くんの持論…という前提付きですが、考えられる理由は2つあります。
 
 
まずは1つ目。
 
 
公正安全な検車管理において、バネ部品の運用が難しい点です。
 
 
競輪は、競技である以前にギャンブルスポーツです。
 
 
不正などは以ての外ですが、レース中の故障に繋がる整備不良や部品の劣化などは、お客様の車券を“勝負ではない部分”で紙屑にしてしまう、ギャンブルとしての不信に直結する話なんですよね。
 
 
選手は競輪開催に入ると、外部との通信を遮断されて缶詰状態で管理される話は有名ですよね。
 
 
それと同じように、競輪用自転車は「NJS認定部品」しか使用できず、開催中は検車員によって厳格に管理されるという厳しいルールがあるんですよ。
 
 
前検日はもちろん、毎朝の検車、レース前の点検…と、何重もの検査が行われます。
 
 
部品が古ければまだ使えるものでも即交換、不具合や整備不良があれば即呼び出し!という、結構厳しいものなんですよ。
 
 
その検査の際、目視に加えて行われるのが、自転車全てのネジ部品の締め付けトルクの確認です。
 
 
競輪用自転車って、全ての部品がネジ切り式の部品で組み付けられています。
 
 
締めるところさえ締めれば、まず外れないという、完璧にして非常に単純な機構で成り立っているんですよ。
 
 
そんな中、冒頭で紹介したビンディングペダルはバネでクリートを固定しているんです。
 
 
この「バネ部品」というのが厄介者なんですよ。
 
 
皆さんも検車員の立場になって想像してみてください。
 
 
ネジは極端な事を言うと、規定トルクを超えていようが、締まっていれば外れません。
 
 
また、最悪取り付け忘れがあった場合、目視で確認できます。
 
 
その点、バネ部品って管理が難しいんです。
 
 
ビンディングペダルのような内部機構だと目視で確認できず、なおかつ締め付けトルクによる一元管理もできない。
 
 
仮に内部のバネが外れていたり壊れていたとしても、検査で確認できないんですよ。
 
 
すなわち、少なからず検査が行き届かない部分が出てしまうのです。
 
 
これは検査責任の所在が空中に浮く事になり、先述したギャンブルにおける”公正安全”に大きく関わる話です。
 
 
現在の検車体制であれば、仮にレース中に何も無いところで車体故障が起こっても
 
「直前にすべての部品の締め付け確認、目視検査を行った中で起こった事象であり、レース中に起こった偶発的なトラブルである」
 
と胸を張って発表できます。
 
 
しかし、バネ部品が入ってしまうと、検査が行き届かない以上
 
「内部まで検査できていない部品もあるけど、運が悪かった! 仕方ないよね! ごめんね!」
 
という、舐めた感じになってしまいます(笑)。
 
 
こんなの、車券を買ってくださっているお客様からすると、ふざけてますよね(笑)。
 
 
レース前から故障してるのが分かってたんじゃねーのか? 金返せ! という話に繋がります。
 
 
という事で、バネ部品が含まれるという特性上、ビンディングペダルは競輪というギャンブルスポーツには向かない、というのが1つ目の理由でした。
 
 
そして2つ目の理由。
 
 
先述した通り、ビンディングペダルにバンドのスタイルは、故障がなければ基本的に外れる事がない! と言えるくらいにガチガチに足を固定してくれます。
 
 
それでは想像してみてください。
 
足が”絶対に外れない”と言えるくらいガッツリ自転車にくっついた状態で、時速60キロで転倒してしまったら…?
 
 
ひええ、この字面の時点で想像するのも恐ろしい!
 
 
そうなんです、競輪は競技の特性上、落車の機会が多く、ある程度は落車を前提とした設計をしないと、最悪落車した時にとんでもない大怪我に繋がるのです。
 
 
競輪用の自転車って、時代錯誤の金属フレームです。
 
 
金属フレームは、ミリ単位のサイズ調整や修理が容易で、圧倒的に丈夫だというメリットと引き替えに、重量がかさむというデメリットを持ち合わせています。
 
 
仮に、足が絶対に外れないガチガチに固定されたペダルで落車した場合、堅牢で重さのある自転車が足ごと捻りあげた上で、地面に叩きつけられても外れない=足がぐちゃぐちゃになる、という恐ろしい事態になりかねないのです。
 
 
分かりやすく言うと、ママチャリに乗って、ペダルと足が絶対に外れないように紐でくくり付けて、下り坂で時速60キロくらい出して、思いっきり転ぶシーンを想像してみてください。
 
 
受身をとりたいのに、自転車、めっちゃ邪魔じゃないですか?(笑)
 
 
想像の中のあなたは、激しく全身が捻れたと思います(笑)。
 
 
そうなんです、競輪ペダルの「外れてしまう」というデメリットは、「最悪外れてくれる」という救済的メリットでもあるのです。
 
 
実際、ヤバイ勢いで地面に叩きつけられる落車だと、自転車が足から外れて、自転車単体が吹き飛んでいくシーンはよく見ますよね。
 
 
あれのお陰で、競輪選手の足は守られているんです。
 
 
ちなみに、「じゃあさっきのビンディング+バンドも危険だろ」という話ですが、あのスタイルは基本的に競技においてカーボン自転車で運用されます。
 
 
カーボンの自転車は、競輪用に比べて軽く、落車しても人間優位の吹き飛び方をする点、衝撃が加わると自転車の方が割れちゃう点で、比較的マシなんでしょうね。
 
 
それに加えて、基本的には自転車競技種目は競輪よりも斜行や押圧のルールが厳しく、そもそも落車リスクがかなり低いんです。
 
 
タイムトライアル種目などになると、落車リスクは限りなくゼロですしね。
 
 
そんな理由があって「外れるメリット」を必要としないトラック競技では、最新のビンディング+バンドのスタイルが使えるという訳ですね。
 
 
以上、競輪でビンディングが採用されない2つの理由を語ってみました。
 
 
あくまで僕が「そんな感じだろな〜」と思っている持論をドヤ顔で語ったまでですが、的外れな事は言っていないと思います。
 
 
皆さんはどう思いましたか?
 
 
まあなんだ、最悪バンドは外れるようにできている、なんて言い訳を述べたとて、前編で述べたようにバンド外れは多方面に迷惑をかける行為である事は間違いありません。
 
 
ぼくは今後も気を抜かず、これから現役中は一度もバンド外れを起こさないくらいの気持ちでレースに臨みたいと思っていますよ。
 
 
なーんて色々語ったところで、2025年の田村くんのブログはおしまいです。
 
 
2026年もよろしくな!
 
 
良いお年を〜!

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1995年3月30日生まれ。滋賀県出身。 日本競輪選手会 奈良支部所属107期の競輪選手。現在はA級2班。同期には新山響平、山岸佳太、簗田一輝など。 ……以上はすべて仮初めの姿であり、本業は某アイドルのプロデューサーであるともっぱらの噂。 ドール、カメラ、声優など、さまざまな「沼」に足を踏み入れている。

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