
新人の頃を懐かしむ〜自己紹介が大変なのよ〜
あけおめ!
田村くん、気付かない間にデビューして11年も経つそうです。
うーん、時の流れはホントに早いです。
11年間何してたんだよ、って自分を叱りたいですね。
コラ! 11年のうち何年練習サボったんだ! 30超えてから後悔するぞ!←生々しい
ちなみに、当ブログも地味に7年くらい続いています。
企業様に任された競輪選手の文章コンテンツという括りでは、めちゃくちゃ長寿ですよね。
ほんと、有難い限りです。
これからも、世間とDMM競輪様に許される限り、末永くネタを絞り出して行きたいと思うので、よろしくお願いしますね。
って、話がすぐに横道に逸れてしまうのはいつもの事ですが…。
タイトルの通り、当然ながらぼくにも新人だった頃があります。
お客様的には、新人選手なんて
「若者が突然、公営競技の世界に放り込まれて、右も左も分からない…!」
的な初々しい感じを想像されるかもしれませんが、実際のところ競輪選手になるような人種は無鉄砲の極みみたいな奴らが多いので「いけるやろ!」と若さゆえの過ちを犯しつつ、ドヤドヤと順応していくのがリアルなところです。
現代の競輪界は他の業界に比べて上下関係も緩くなってきていますからね(もちろん先輩への気遣い自体は必要ですが)。
そんなこんなで、案外、数ヵ月もしないうちに慣れてしまったのが正直なところです。
とはいえ、やはり絶対に必要な「しきたり」の部分や、「経験」の部分など、新人特有の大変な事は色々とありました。
今回は、新人時代に大変だったな…と記憶に残っている事2選! を書いていこうと思います。
あ、一応“新年”と“新人”を掛けたつもりでしたが、自分でいっておいてしょーもなさすぎるので聞かなかったことにしてください!←なら言うな
では、新人の頃大変だった事を語って参ります。
先輩への挨拶
これは、どんな業界でも新人時代に経験することだと思います。
挨拶の内容自体は何も難しい事はありません。
シンプルに
「奈良県、107期の田村です。よろしくお願いします!」
と、簡単すぎる自己紹介を元気に言うだけです。
企業にお勤めの方からすると「そんなもん、皆の前で自己紹介するだけじゃん。なーんにも大変じゃないだろ」と思われるでしょうね。
しかし、競輪界ではこの挨拶が数年単位でまとわりつく、結構大変な儀式だったりするのです…。
この簡単な挨拶の何が難しいって、基本的に同地区(ぼくでいえば近畿地区)の先輩方、全員に挨拶しないといけない点です。
単純な話、近畿地区には300人弱の選手が所属しています。
その全員に、斡旋が一緒になって初めてお会いする際に挨拶をするのです。
ひと開催で斡旋される同地区の選手は多くて15人程度。
無論、毎回別の人と当たる訳ではないですし、誰と当たるかはランダムです。
最初のうちは全員の顔と名前なんてまったく覚えられませんし、同地区全員をリストアップしてチェックする…なんてマメなことはなかなか難しいです。
つまり、数ヵ月もすれば「あれ、この人挨拶したっけ…?」という困惑と疑心暗鬼に襲われる訳です。
挨拶しないよりはした方がいいのは間違いないので、迷ったら挨拶しに行くのですが…。
どうしても「こないだ挨拶してもらったよ」とか「2回目やぞ!(怒)」というくだりを経験します。
当たり前ですが、これがかなり申し訳なくてですね…。
なにせ、色々と気を遣う事が多いわけです。
そして、この地味に大変な儀式に、さらに競輪界のシステムが追い打ちをかけてきます。
デビュー直後の新人選手の格付けはA級3班。
特進を除けば、1年経って(点数が確保できていれば)A級2班に昇班します。
察しのいい方はお気付きですかね?
そう、1年間必死に先輩に挨拶を続けて
「そろそろ皆に挨拶できたかな」
という手応えを感じ始めた所で、昇班によりFI開催を走ると“初めて会うS級選手”が大量に出現するのです!
ほんと、心が折れそうでしたよ(笑)。
酷いパターンだと、5〜6年越しに初めてお会いする先輩、なんて方もいらっしゃいます。
もう傍から見ても、新人は卒業したといえるようなタイミングで「107期の田村です〜」と挨拶している様を見られると
「お前何年目やねん(笑)」というイジリが飛んできます。
こっちが言いたいわ!(笑)
ちなみに、同地区選手が勢揃いする地区プロは新人選手にとって挨拶のボーナスステージだったりします。
そんな儀式を終えて、いまではぼくも「挨拶される側」になりました。
挨拶回りで右往左往する後輩を見ると、なんだか懐かしい気持ちになるのは競輪選手あるあるだと思います(笑)。
競輪場の間取りがわからない
これは新人という括りではなく「初めて参加する競輪場」があれば、10年選手のいまでも起こりうる困惑です。
物心ついた時から車にはカーナビが、スマホでは地図アプリが当然のように存在する現代、我々ゆとり世代は文明の利器に助けられて生きている訳ですが。
こんなに便利な現代でも、初めて参加する競輪場は入場の時点からかなり戸惑います。
というのも、ナビが案内するのは大抵「お客様用の出入口」な訳です。
そのため、まず選手用出入口を見つけるまでが難しいんですよね。
大抵、選手用出入口は別で設けられていて、イメージとしてはお客様の入場口の反対側にあるパターンが多いです。
しかし、当然ながらどの競輪場でもお客様入口の反対側に行けばよい、という訳ではありません。
一切、セオリーなどはなく、各競輪場が自由に選手出入口を設けているのです(笑)。
挙句、駐車場が敷地外の競輪場なんてものも存在します。
車を運転しながら道を右往左往するのは、結構不安なものがあります。
そんなこんなで、やっとの思いで選手入口にたどり着けたとしても、まずどこに向かえばいいのかが、まったくわからないんです。
駐車場(選手出入口)から検車場、控え室、宿舎の間取りって、競輪場によって全然違いますからね。
開催参加時には、自転車関係荷物は検車場、手荷物を控え室、大荷物を宿舎…と分割して荷造りしているので、まず“どこ”に“なに”を持っていかないといけないかを把握しないと、かなり右往左往するものなのです。
いまでも、大きなスーツケースを重そうに抱えながら「控え室ってどこですか…?」と先輩や関係者に聞いて回る選手をよく見かけます。
うーん、初々しいねぇ〜!
とはいえ、ぼくもまだ走っていない競輪場がいくつかありますから、そこに参加する際には
「検車場はどこですか…?」
と右往左往する初々しいオッサンと化すのは目に見えているので、あまりいじらないでおきましょうか(笑)。
という訳で、新人選手が経験する大変なこと2選をサクッとお届けしました。
色んな人と会い、色んな場所を回る競輪選手というお仕事だからこその困惑…。
なんだか懐かしいです。
あの頃のフレッシュな自分はもういない…!
しかしながら、今年はちょっと練習頑張ろうかな〜なんて思ってたりしますので、2026年もご愛顧のほどよろしくお願いしますね!(強くなれるとはいってない)
では、また次回〜!
1995年3月30日生まれ。滋賀県出身。 日本競輪選手会 奈良支部所属107期の競輪選手。現在はA級2班。同期には新山響平、山岸佳太、簗田一輝など。 ……以上はすべて仮初めの姿であり、本業は某アイドルのプロデューサーであるともっぱらの噂。 ドール、カメラ、声優など、さまざまな「沼」に足を踏み入れている。